今回のブログは業界分析ではなく特別編として、最近大手企業で新卒採用でも導入が始まりつつあるジョブ型雇用を考察し、それを踏まえたうえで学生のみなさんへアドバイスをさせていただきたい。
これまでの我が国の雇用、いわゆる日本型雇用といえば新卒一括採用、終身雇用制度、年功序列というキーワードに象徴されるものであったろう。働き方については、年功序列に伴うジョブ・ローテーションで様々な部署を経験させ、職務を限定しない「メンバーシップ型」である。人々の価値観としては、「大企業に入って定年まで勤めて部長や役員にまで出世すれば大成功」というものだったのではなかろうか。
ところが、ここにきて大手企業を中心に管理職や中途採用者を対象に「ジョブ型」雇用制度を導入する企業が増えてきた。さらに経団連は2021年の春季労使交渉の企業向け指針で「ジョブ型」雇用制度の積極的な導入を呼び掛けた。これは管理職や中途採用者だけでなく新卒からの「ジョブ型」雇用を全社ベースで導入したらどうかという提案である。
ここでいう「ジョブ型」雇用とはいったい何なのか。「ジョブ型」雇用とは、「職務記述書(ジョブディスクリプション)で規定されたジョブに、それを遂行できるスキルを持った働き手を当てるやり方」(日本経済新聞2020年12月7日「経済教室」“専門性とスキルの尊重を”に掲載の本田由紀東大教授による説明)である。
これを新卒に当てはめて「ジョブ型」雇用を前提とした採用を「ジョブ型」採用という。この場合は従来の採用とは異なり、入社後の職務を明らかにして、その職務に必要な能力・スキルがあるかどうかを評価されることになる。従来の「メンバーシップ型」新卒一括採用は、どちらかと言えばポテンシャル採用であり、入社してからの職務は「最初は全員営業を経験し、3年後に適性を見て判断する」といった感じだった。「ジョブ型」採用と新卒一括採用はある意味で対極にある採用システムと言ってよい。
私は、我が国の企業は今後「メンバーシップ型」から「ジョブ型」雇用に移行せざるをえないと考える。日本企業の競争力を維持・向上させるという視点に立てば、ジョブ・ローテーションで浅く広い経験を積むゼネラリストよりも専門的なジョブに特化したスペシャリスト集団の方が生産性・効率性が高いからである。
加えて、「ジョブ型」採用になれば、海外の大学に留学していて9月に卒業した学生、あるいは大学卒業後海外に自費で語学の勉強をしていた学生など実力や経験があれば採用されるチャンスが広がり、企業にとっても新卒にとらわれることなく、若手のハイレベル人材を幅広く採用できることにつながるからである。
そして中長期でみれば、「ジョブ型」雇用や採用の浸透に伴って、新卒一括採用、終身雇用制度、年功序列は過去の遺物になっていくだろう。そもそも日本型雇用システムは第二次大戦後の高度成長期から始まったもので、さほど長い歴史があるわけでもない。高度成長期で経済や企業業績が拡大している時代に合った雇用システムだったと言えよう。
それでは実際に2021年春採用で全体の4割を「ジョブ型」で採用するKDDIの事例を見てみよう。同社の採用HPからは、OPENコースとWILLコースの二つがある。このうちOPENコースは「幅広い事業領域で経験を積みたい方向け」とあり、WILLコースは「これまでの経験やスキルを活かしたフィールドで経験を積みたい方向け」である。
同社のJOB型採用はWILLコースで、ネットワーク・エンジニア、セキュリティ、リーガル&ライセンス、アカウンティング&ファイナンス、ビジネスインキュベーション、アカウントコンサル(法人営業)、パートナーマネジメント(代理店営業)など12の分野がある。
このなかから、アカウンティング&ファイナンスの応募要件等をみなさんに紹介しよう。
応募要件:KDDI新卒採用の応募資格に該当し、以下いずれかに該当するスキル・経験を有し、財務会計分野の業務に就きたい方
○国内外の会計系の学科を専攻した学士または修士
○専攻を問わず、日商簿記1級、日商簿記2級、公認会計士試験2次試験、税理士資格科目合格、米国公認会計士(USCPA)、証券アナリスト等の財務会計系のいずれかの資格を有する方もしくはチャレンジ中の方
○初期配属時の業務:財務、経理、税務、管理会計、IR、システム関連(主に会計システムの企画・管理)
KDDIの事例を見ると、「ジョブ型」採用は配属先がほぼ確約されており、言い換えると「スペシャリスト採用」ともいえる。KDDIの応募要件からみなさんも容易に推察できるだろうが、「ジョブ型」採用では資格が重要視される。一定の難易度の資格を持っていれば専門分野の知識があることが証明されているからである。資格の重要性については、本ブログでも取り上げているので参考にしてほしい(「資格試験にチャレンジしよう」2020年6月30日)。
さて、このような「ジョブ型」雇用や採用が進む中で、みなさんはどのように考えて行動すればいいのだろうか。前回のブログでオムロンの求める人材像を紹介したが、そのなかに「誰にも負けない領域を持っている人」があったのを覚えておられるだろうか。私はこれこそが「ジョブ型」雇用にピッタリ当てはまる人材ではないかと確信する。
最後に、私がビジネススクールの学生時代から専門分野(企業戦略論)にとどまらず、生き方や考え方の師と仰いできた石倉洋子先生(一橋大学名誉教授、資生堂・日清食品ホールディングスなど多くの企業の社外取締役を歴任)のご見解を紹介して本稿を締めくくろう。
石倉先生は、「組織に依存せず、自分が社会に提供できる価値を見極めてほしい」とし、「想定外を想像するのは個人にとっても重要だ。自分が働いている会社がいつまで続くかも分からない。個人が勝負できる武器を持つべきだ。個人が自分の価値を探せる場所や機会が求められている。コロナで失業した人は同じ仕事が戻ってくると思わないほうがよい。自分の価値をベースに他の知識やスキルを学べば次の時代も生きられる」(日本経済新聞2020年9月11日5面の記事“パクスなき世界”より抜粋)と強調する。私も全く同感だ。