業界を知る 〜食品業界(味の素)〜

2020.02.17

今回は食品業界から味の素を取り上げる。
 
【味の素】
味の素は食品業界のトップ企業。社名にもなっている「味の素」や「ほんだし」をはじめとする各種調味料はどの家庭にも昔からあったので、みなさんにはなじみが深い企業だろう。調味料以外でも「Cook Do」やマヨネーズ、スープなどの加工食品、さらに医薬用・食品用アミノ酸、飼料用アミノ酸まで得意のアミノ酸技術をベースに幅広く事業展開している。加えて同社は子会社の味の素ファインテクノで電子材料(スマホやパソコンに組み込む半導体基板の絶縁フィルム)も手掛けている。これには驚かれる方も多いと思う。
 
ところで、みなさんは5つの基本味をご存知だろうか。小学校の頃、家庭科で勉強しているのでうっすらと覚えている方もいるかもしれない。5つの基本味とは、甘味、塩味、酸味、苦味、そして味の素が手掛けてきたうま味である。今から100年以上前の1908年、うま味を世界で初めて発見し命名したのは東京帝国大学教授の池田菊苗博士であり、翌1909年に商品化したのが味の素の創業者鈴木三郎助である。創業当時のことは同社HP「味の素グループの100年史」で詳細に説明してあるので、関心のある方はぜひご覧いただければと思う。
 
ちなみに、味の素の企業理念は、「おいしく食べて健康づくり」である。前述した池田博士は「佳良にして廉価なる調味料を造り出し滋養に富める粗食を美味ならしむこと」と書き残している。食べ物が美味しくなれば、日本人の栄養状態も改善すると考えたのである。
 
一方、同社は1960年代という早い段階から海外展開に注力してきた。アフリカや南米などにも進出済みで、ほぼ全世界をカバーしている。同社によれば世界130を超える国や地域で「味の素」や風味調味料などアミノ酸技術を利用した商品が販売されている。
 
私が同社担当アナリストだった2006年~2011年頃、日本を代表するBOP(ベース・オブ・ピラミッド)ビジネス関連企業として強く同社を推奨していた。BOPとは説明すれば長くなるので簡略化して言えば、世界の人口のおよそ70%に相当する年間所得3,000ドル以下で生活する約40億人を対象とするビジネス。人口所得ピラミッドの底辺に位置するので、ベース・オブ・ピラミッドと呼ばれる。今は亡くなられたが、1990年代後半ミシガン大学のC.K.プラハラード教授が明らかにした概念である。興味のある方は、「ネクスト・マーケット」(英治出版、2005年)をお読みいただきたい。
 
味の素をBOP関連企業として捉えた理由は、同社がアジア・アフリカで展開していたビジネスがBOPビジネスの3つのキーワード(BOP層の生活向上[貧困撲滅]、慈善事業ではなく本業[収益の確保]、持続可能性の確保[サステナビリティ])に合致したからである。とくにアフリカについていえば、同社の拠点はナイジェリアにあり、「味の素」や風味調味料は小袋に詰め替えられ、同国や周辺国で販売されている。販売といってもスーパーマーケットではなく、青空市場的な店が販売チャネルの中心である。
 
この地域の主食は「野菜の水煮」だが、通常は塩のみで味をつける。しかし、それに「味の素」を入れると「野菜の水煮」は劇的に美味しくなる。味の素は私が担当していた時もアフリカの売上高が100億円を超えていたと記憶している。直近のIR資料からは地域別売上高は確認できなかったが、現在は当時よりも拡大していると推測する。
 
なお、2010年に行われた伊藤雅俊社長(当時、現取締役会長)とアナリストとのスモールミーティングの席で、私が「御社をBOPビジネス企業として注目している」と意見を言ったところ、伊藤社長はにこやかに「当社はBOP企業ではないですよ」と否定なさったことは懐かしい思い出である。
 
次に味の素の業績について。直近では動物栄養セグメント(家畜の飼料用アミノ酸リジン、スレオニンなど)がアフリカ豚コレラ拡大の影響で全体の足を引っ張ったことに加え、海外食品の伸び悩みもあり、2019年3月期に続き2020年3月期(四季報予想)の営業利益は低い水準に留まる見込みである。しかしながら私は中長期で見れば、そう遠くない時期に成長軌道に復帰すると楽観的に考えている。「味の素」や風味調味料などの世界需要が拡大すると見ているからである。
 
味の素は、R&D、セールス&マーケティング(セールス営業、マーケティング事業)、コーポレート(デジタル、財務・経理、法務・知的財産、人事・総務、コミュニケーション)の3分野で新卒採用を行っている。味の素と言えば、働き方改革の最先端企業、女性活躍企業として有名だ。今でこそ定時退社、有給休暇の消化などを意識する企業も増えてきたが、味の素は何年も前からこれを実行してきた。
 
女性活躍については、かつて私がお世話になったIR部は部長のみ男性で、残る7~8名はすべて総合職で優秀な女性だった。味の素は大学生の就職人気ランキングで常に上位にくるので競争率は高いと思うが、ぜひトライして欲しい。海外志向の学生のみなさんは面接で「ガーナやコートジボアールで現地の方を食で幸せにしたい」と強調してみたらどうだろうか。